記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

私の腰痛闘病日記(1)

私はウソをつきながら整体をしていました。

そうです。

自分の足腰が痛いのを隠し、作り笑顔で
患者さんに対応してメリットがない整体を施していました。

悪いとは思いつつもふと気がつけば、
17年、13,000人近くの患者さんを施術してきました。

つまりその間、ほとんどの患者さんを
欺いてきたということになります。

しかしこれからもただ自分が生活をしていくための
無価値な提供で患者さんを利用するということが
精神衛生上できなくなってきました。

しかし、『ある』出会いを機に自分が犯してきた罪さえも
宝に替え、そして新たな使命を見つけることができました。

ここでさらに新たな自分に生まれ変わる意味でも
ここに私の罪をすべて告白します。

これからお話する内容によって
私は治療業界から嫌がらせを受けるかもしれません。

現にこれまでも無言電話やワン切りなどの
迷惑行為も受けてきました。

「黙って見て見ぬフリをしていれば良い」
「食えなくなるからそんなこと止めた方が良い」

というアドバイスもいただきました。

その中には私の本気で心配してくれているものもありました。

しかしどうしても自分の良心が黙っていることを
許せなくなってきて今回のお話をさせていただくこととなりました。

もし、信じられない部分がある場合には直接私にご連絡ください。
すべての証拠を手配いたします。

私の連絡先:090-3932-7047

真実のみを書き記しています。

・・・

私は世界文化遺産の富士山が常に目の前に見える
静岡県富士市で整体院を開業している
大内英二(オオウチエイジ)と言います。

17年の整体師経験があり、のべ13,000人以上の
患者さんを施術して参りました。

まずは私が今回の整体を初め治療業界の
内部告発に至ったのか、その経緯を少しお話します。

「ヘルニアで足がマヒし、うつになりました」

私が29才、脱サラして整体の仕事をし始め、
冬の訪れも近いと思わせるようなひんやりとした空気を
感じられる秋のある日でした。

その日はなんとなく右側の腰、お尻から足先にかけて
何とも言えない痛みを感じました。

それまでの人生、手術や骨折入院など
大病もしたことがなく、身体の痛みトラブルなども
ありませんでした。

それまでのアルバイトでお茶農家、土木関係など
肉体労働を経験してきて、時々腰の痛みは経験していました。

しかし若さゆえにか何日か痛くてもすぐに治っていました。

「今回も放っておいてもそのうち良くなるだろう・・」
ぐらいにしか想っていませんでした。

ところが今回の痛みはいつまで経っても
その不快な痛みが取れませんでした。

「キュ~ン」
「ズキ~ン」

というような今まで経験した事がないような痛みです。

まるで身体の深い部分目掛けて太いひもで

「ギュ~」

と締め付けられ、脳に突き抜けるような痛みでした。

その痛みが日に日に多くなってきました。

いつ来るかわからないその状態になるのが怖く、
いつも怯えていました。

またとくに腰自体よりもお尻から
足のうしろ外側の痛みが辛かったです。

これはいわゆる坐骨神経痛の症状というのが
家の本棚に埃まみれに放置してあった
家庭医学みたいな本で調べてわかりました。

お相撲さんに踏み付けられるように
常に重苦しい鈍痛。

不定期にいきなり前触れも無く襲ってくる恐怖。

さらに太もも付近の痛みはかなり辛くなってきました。

寝ている時は左右に寝返りするだけでも
痛みが出てその痛みで熟睡ができなくなってきました。

やっと朝方になって寝付けたと想ったら
もう朝で仕事に行く時間です。

さらに寝不足ですので起きる時は
身体が凝り固まっているピークなので最悪です。

それは真冬の始動時の車のエンジンが
まだ重く感じられるのと同じです。

身体をゆっくり恐る恐る動かしながら
やっとの思いで起きます。

ですので当時は朝が大嫌いでした。

やっとの思いで起き上がり、ズボンや靴下を
履くのもさらに恐怖が待ち構えています。

普通なら難なく数秒で出来る行為で
腰に激痛が走ります。

片手でゆっくり指先に靴下を引っ掛けて
片足で3分ぐらいかけてやっていました。

トイレにしゃがんだり立ったり、車の乗り降りなども
その行為をやる事自体を考えるだけで気分が滅入りました。

クシャミや咳はさらに危険な状況で
痛みの来ない姿勢をしっかりと確認して準備する。

顔を洗う時などの中腰の体勢はキツいので
ひざを深く曲げてやれば、なんとか痛みを
起させないという知恵も生まれました。

しかしその姿は自分でも実にブザマな格好で
情けない想いでいっぱいでした。

「俺はなぜ?こんな風になってしまったんだろうか?」

思い起こせばそれまで身体のケアなどは考えませんでした。

なりふり構わず肉体労働が多くやってきて、
趣味でもウインドサーフィンもやっていました。

ウインドサーフィン以外の運動、体操なども
まともに出来ませんでした。

走るのはほんの少しの早足でも腰に
「ピキ~ン」という電気が貫くような激痛が起こります。

ですので走りことはとてもできませんでした。

ウインドサーフィンは自分自身が自転車などのように
ペダルを漕ぎ推進力を生み出すようなものではありません。

比較的反り腰の体勢で乗っているだけので何とか出来ました。

ウインドサーフィンで海をかけ回ると気分もスッキリし
一瞬でも足腰の痛みを忘れる事が出来ました。

そのため身体に良くない事はわかっていてもやっていました。

しかしウインドサーフィンは海上でセイルを安定させて
走らせるために身体がぶれないように固定します。

その状態で常にいるので身体が常に緊張し、
特に足腰に負担がかかるスポーツです。

特に強い北風が吹く冬場は絶好のウインドサーフィンシーズンで
ウインドの好きな人には最高の季節です。

こんな寒い時に海に入るなんて気が知れないと
家族や友人からも行く度にキチガイ扱いされました。

場所がなにせ海ですので身体も常に濡れ、
さらに冷たい風に当たり続けることで心底冷えました。

親知らずを抜いた冬の寒い日にも
ウインドに行ったこともあります。

そんなキチガイを通り越して
変態な自分が好きでもありました。

「たった300メートルの場所に行って
帰ってくるのに4時間かかりました」

相変わらずの足腰の激痛状態が続くのある日。

それは、たまたま近所のホームセンターに
買い物に出掛けた時でした。

買い物を終え、

「さあ帰るか」

と思った時に突然足が痛くなり、
歩けなくなってしまいました。

あまりの突然の初めての出来事で

「マジかよ・・」
「ウソだろ?」

と想いました。

店のベンチに4時間近くも座っていると

「コイツはホームレスじゃないか?」

と店の人に不審がられるのではないか?
と思いつつも休んでいました。

ようやく少し痛みが回復して、やっとの想いで
自宅に無事帰って来れました。

ふだんは歩いてたった5分の距離です。

家に着いた時はすでに夕日が沈みかけていました。

当時はまだ携帯電話もなかったので家族にも

「どこへ行っていたのよ!」

言われウソだと信じてもらえなかったですが、
でも本当の話なのです。

この時はさすがに

「やばい、ついにここまできたか・・」

という感じでした。

この症状は『間欠性破行(かんけつせいはこう)』と言います。

ちょっと歩くと痛み、少し休むとまた歩ける。

しかしまた痛むという椎間板ヘルニアや
脊椎間狭窄症などの重度の腰痛の方に多い症状です。

その頃は整体の仕事を始めていました。

今私が味わっているような症状を訴える
患者さんに出会っていました。

さらに治療系の専門書などで腰痛に関して
いろいろとわかる範囲で調べていました。

よって自分の症状の原因をある程度推測できました。

「多分、これは椎間板ヘルニアなどの類いだろうな」 
「でもまさか、自分が・・」
「ついにここまで悪くなったか・・」

などと冷静に判断しながらも、とてもショックでした。

そんな状態になり当時の整体の仕事とのWワークとして
やっていたアルバイトの茶農家さんの仕事も
まともに出来なくなっていきました。

当時は、まだ独身でしたが

「これからどうやって生きていけばいいのだろう・・」

と不安と寝返りの痛みで眠れない日々が続き
そんな状態な自分を

「俺は役立たずの無能な人間だ。」
「もう死んでもいい・・」

とさえ想いました。

常に悪い事ばかり考えていて今想えば、
軽いうつ病状態だったのかもしれません。

自暴自棄になる私を家族は心配してくれていました。

そんな気持ちも素直に受け取れずに
世界の痛みのすべてを背負った
悲劇のヒーロー気取りでした。

特に母は「痛い、痛い」と言う私を毎日見る事は
気分が良いものではなかったと想います。

しかし当時は唯一、自分の弱みや
わがままを言えるのが家族でした。

自分でも家族に心配や迷惑を
かけているのは不本意でした。

堪え難い痛み、症状は決して
患者本人だけではありません。

たかが腰痛であっても家族や周りの人にも迷惑をかけ、
その関係性さえも壊して行く可能性がある怖いものだと
気づくこともできました。

ネット検索で腰痛で自殺をする人がいると
発見してショックを受けましたが
その気持ちも共感できました。

数カ所の整形外科病院にも行きました。

整形外科病院などではブロック注射(痛み止め)や
電気を使った温熱療法、リハビリを用いた
治療行為がおこなわれています。

私も神経ブロック注射はやってみました。

仙骨孔という骨盤の真ん中の骨に
血の気が引くような太い注射器を
おしりに充てがわれます。

注射を打たれ、麻酔薬を体内に
充填され終わるまでの苦痛の割には
痛みへの効果はその場しのぎです。

ブロック注射体験者の患者さんの話を聞いていると
その他の治療法である電気治療、温熱療法や
リハビリでも症状が良くなるとは思えませんでした。

ですので私もそんな対症療法ではなく

「自分の腰はもっと根本的に治さなければダメだ・・」

整形外科の治療ではダメだという
気持ちを強くしていきました。

 周りの友人や知人や手術をしたヘルニア患者さんも

「腰のヘルニアは出来れば手術はやらない方がいい。」
「50%以下の確立でやってもそんなに変わらないよ。」

などとヘルニア手術について良いことを聞く事が
無かったのでできれば手術は避けたいという
想いがありました。

そのため、

「何か良い民間治療はないか?」

と解決策を探し求めていました。

当時はインターネットはまだ普及していませんでした。

何か情報を得る手段とすれば、
書店で腰痛に関する治療専門書を
立ち読みしたりするぐらいでした。

それらの書籍で自分の出来る限りの
情報を集めることで、治療には様々な種類や
手法があることを知ることができました。

「骨盤調整法」
「カイロプラクティック」
「鍼灸」
「マッサージ」
「接骨院」
「気功」

かなり効く?という、とある有名な宗教法人の
ご祈祷にまでにも手を出しました。

まさにわらにもすがる気持ちでした。

しかし、ここで自分の最大の欠点によって
さらなる闇に踏み込んでしまいました。

自分が

「これなら治るかも!」

と思ってその治療を1~2回やってみても

「すぐこの治療はダメ」
「自分には合わない」

などという安易な決め付けやダメ出しをして、
一発逆転の即効性ばかりの治療法に
目移りしてしまうのです。

そんな安易な自己判断には疑いを持たず、
自分の未熟な判断だけを信じていました。

そしてギャンブルのようにいろいろな治療を
あっちウラフラ、こっちフラフラと渡り歩いていました。

これはその治療が良いか悪いかといった以前の問題でした。

「それが良い治療かどうか?」

以前に自分がその施術を受け入れて無いという
実におかしな状況です。

でも当時はそんな未熟な判断に疑いも持たず、
やけっぱちでパチンコの玉を購入して
大当たりを狙うかのように

「今度こそ!これだ!」

というような未熟な判断を相変わらず繰り返していました。

当然ながらそんな中途半端でモノゴトに対して
斜に構えた想いで

「どうだ治してみろよ!」

みたいな態度で施術を受ければ良い実感など
得られることもありません。

さらに絶望感が募り、

「やはり良い治療なんて無いんだ・・」
「信じたいけど信じられない・・」

というさらに不安定な気持ちに押しつぶされそうになりました。

続く。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

にほんブログ村

アクセス数

FC2ブログランキング

プロフィール

herunia88

Author:herunia88
富士山の麓の整体師です。
元腰椎ヘルニアで足のマヒで3ヶ月歩く事ができませんでした。
このブログでは自分でヘルニアを克服する方法を余す事無くお伝えいたします。

フェイスブック&ツイッター

にほんブログ村

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。